絵本でわかるパレスチナ問題
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パレスチナ問題

紀元前10世紀
イスラエル王国(ユダヤ人)がパレスチナのエルサレムを中心に栄える。
地理的に優れていたため、他国の侵略により王国自体は紀元前722年に滅びる。

 

紀元前63年
パレスチナをローマ帝国が征服  ローマ帝国は、この地に住んでいたユダヤ人を弾圧。キリスト教が生まれる。
ユダヤ人は世界各地に散らばる。

 

636年
イスラム帝国(イスラム教徒)が征服。この地にアラブ人が居住するようになる。
→その後も、共に聖地であるエルサレムをめぐりイスラム教徒とキリスト教徒の争いが続く。

 

1517年
オスマン帝国が征服。

 

1914年
第一次世界大戦   同盟国(オスマン帝国側)VS連合国(イギリス側)
→イギリスはオスマン帝国を倒すため、相反する2つの密約を結ぶ ※三枚舌外交と呼ばれる

① オスマン帝国の統治下にあったアラブ人に武力協力を求め、その代わりにこの地にアラブ人国家を作ることを約束
=1915 フサイン・マクマホン協定

② 各地に散ったものの金融業等で成功をしたユダヤ人に資金協力を求め、その代わりにこの地にユダヤ人国家を作ることを約束
=1917 バルフォア宣言

→武力と資金を得たイギリスがオスマン帝国に勝利
→イギリスは、アラブ人、ユダヤ人への約束の両方を破り、パレスチナを統治
→ユダヤ人は、それでもパレスチナにユダヤ人国家を作ろうとした。=シオニズム運動
→パレスチナに移住するユダヤ人や増え、アラブ人とユダヤ人の対立が激しくなる。
→イギリスの手に負えなくなり、パレスチナの決定権を国連に託す。

 

1947年
国連によりパレスチナ分割協議が締結される。
パレスチナ人口の3割程のユダヤ人に、パレスチナの56.5%を与え、残りをアラブ国家とする内容。
→1948年 分割案に沿ってユダヤ人がイスラエル国の独立宣言をおこなう。
→それまでパレスチナで暮らしていたアラブ人は、これに反発。

 

1948年
第一次中東戦争 イスラエルVSアラブ諸国
→アメリカの支援を受けたイスラエル国が勝利
→イスラエルは領土を拡大させパレスチナの80%を得る。
残りのガザ地区はエジプト、ヨルダン川西岸地区はヨルダンが占領。
→アラブ人は国に属さない難民という存在になる。

 

1964年
PLO(パレスチナ解放機構)をアラブ人が結成し、イスラエル支配からの解放を求めた。

 

1967年
第三次中東戦争(6日戦争) イスラエルVS アラブ連合  →アメリカの支援を受けイスラエルが勝利
→アラブ人が難民として避難していたガザ地区・ヨルダン川西岸も占領。その後も紛争が続く。

 

1980年
国連がイスラエルに1967年以降侵略した土地の無効と撤退を要求する。
→イスラエルはこの決議を無視。
→イスラエル領地で、アラブ人がクーデターを起こす。=第一次インティファーダ
→その様子がメディアで取り上げられたことをきっかけに、パレスチナの現状が世界に伝わる。→アラブ人への同情が高まる。

 

1993年
オスロ合意
→イスラエルはパレスチナ自治区を正式に承認。
→これにより、イスラエルとパレスチナの関係正常化が期待された。

 

しかしその後、オスロ合意の調印をしたイスラエル首相がユダヤ人過激派の人間に射殺され、2006年にはイスラエル軍がガザ地区レバノンに侵攻するといったことが発生しており、現在まで紛争が続いている。